生きるとは日々を染めること

日記および過去の書き残し ぜんぶわたし

われにかえる

18時過ぎ、職場を出ていつも通りの人混みを歩いていて突然思い出した。学生時代、バイト終わりの駅前で、大好きな人の顔をみつけて心がほころぶ瞬間のこと。0円スマイルを振りまく「店員さん」でいるために体中に張り巡らせていた緊張が消え去って一気に自分に引き戻される、あの感覚。

 

社会人としての私は、能のなさや緊張を必死で隠して「そつがない2年目社員」のふりをしている。ボロが出ないように色々なことに気をつけながらあたかもそれが本来の自分かのように平然と振る舞うのは、ただ笑顔でマニュアル通りの役割を演じるよりもよっぽど難しくて、心はアルバイト時代の何倍も張りつめている気がする。それでも、席でパソコンに向かっているときも、上司と話しているときも、その場にいるのはあくまでも素の、名前を持った一人の人間としての私だ。仕事中の自分とそうでないときの自分の境界は、「店員さん」という名のないキャラクターを演じていたときほど明確ではなくなった。

退勤の打刻をして職場を出て、駅へ向かい、耳に音楽を流し込んで、電車に揺られて、力みっぱなしだった肩をゆるめて、晩ごはんのこと考えたりして、少しずつ少しずつ、自分にかえる。

駅前で私を待つ人も、いまはいない。

 

顔を見たその瞬間に何もかも吹き飛んで、やわやわで無防備な自分に戻される、あれは魔法みたいだった。あれは恋だった。